テクニカルレポート

2020/06/05 / テクニカルレポート

シリーズ:さまざまな研究所を巡る(第17回)

〜プリンテッド・エレクトロニクス技術開発で世界をリードする山形大学時任研究室(その2)〜

厚木エレクトロニクス  加藤 俊夫 氏

 

 

1. はじめに

 

 Trillion Sensor(1兆個のセンサ)が話題になり、IoTの各種のセンシングで着実にセンサが使われ、1兆個が現実になりつつある。

 Printed Electronicsで製作されるセンサは、折り曲げ可能で使用しやすいことと、安価に生産できることから、IoTの主役製品として大いに注目されている。

 また、身に付けるウエアラブルセンサなどには最適のデバイスである。

 図1は、時任研のパンフレットのコピーであるが、この図の通り、我々の生活圏や産業界で各所にセンサが使われ、そのビッグデータがネットワークを介して活用される様子がまとめられている。

 

図1 各種のセンサの用途と、その大量のセンサのデータを解析し活用するシステム(資料は、時任研のご提供による)

 

 

 今月は、介護・医療の分野で使われるバイオセンサやその他のセンサを取り上げる。

 また、先月は有機半導体について解説したので、今月はFlexible基板にSiチップを載せたFHE(Flexible Hybrid Electronics)について、時任研の開発状況を紹介する。

 

 

 

2. Siチップを活用するFHE

 

 前号では、有機半導体について紹介したが、残念ながら有機半導体の電子・正孔の移動度は0.1cm2/Vs程度であまり高くなく、高周波回路には使えない。

 IoTに必須のセンサ類は有機物で製作できる場合が多いが、そのデータを無線で送信する場合が多く、その場合は有機半導体ではなく、移動度の大きいSi-LSIを使いたい。

 さらにマイクロプロセサやメモリなどの回路もSi-LSIを採用したい。

 フレキシブル基板に、センサ、有機半導体回路、受動素子、アンテナなどを配し、相互の配線も含めて全て印刷で行い、その基板上にSi-LSIを実装する。

 このような素子をFHEと呼んでおり、世界の各国で開発が行われている。

 Siチップは硬くて割れやすいが、数mm角以下の小チップで厚さも0.1mm程度なら、十分フレキシブルに対応できる。

 時任研では、FHEで製作する研究に注力されているので紹介する。

 

 

■ハイブリッドセンサの例

 

 図2に、時任研で開発された通信機能をもったハイブリッドセンサの例を示す。

 3つの構成となっている。

 

図2 BLEとNFCの通信回路を持っているFHEの例(資料は、時任研のご提供による)

 

 

 図2の②は、センサからのデータをデジタルに変換する回路である。

 Si-LSIによる増幅回路、ノイズフィルタ回路、ADC(Analog Digital Converter)からなっている。

 なお、Si-LSIにはメモリやマイクロプロセサが組み込まれているのが通常である。

 図2の①は、電池駆動型の2.4GHzのBLE(Bluetooth Low Energy)回路である。

 BLEのSi-LSIは一般的に生産されており入手できる。

 電池はきわめて薄型の小さいものが入手可能なので、FHE用に使用可能である。

 BLEは、10m程度の通信距離が可能で、消費電力はわずかなので、小さい電池で長時間使用可能である。

 図2の③は、電池を用いないパッシブ型回路で、13.5MHzのNFC(Near Field Communication)の近接型RFIDシステムである。

 電波を受けたアンテナで0.1mW程度の電力が誘起され、この程度の電力で稼働できる。

 JR改札で使用しているSuicaに用いられている通信のシステムである(なお余談であるが、筆者がSuicaで試したところ、改札面に接しなくて5cm程度離しても通信できるが、10cm以上話すと通信できずゲートが開かない。

 電波を強くしてカバンの中にSuicaを入れたまま改札を通過できるようにすると、近くの人との誤認識や、心臓ペースメーカーへの悪影響があってはいけないので、通信距離は10cm以下にしていると聞いている)。

 アンテナの焼結温度は150℃で、それ以外の部分は120℃以下で製作できる。

 図3は、印刷により試作されたNFC搭載センサとBLE搭載センサのFHEの写真である。

 

図3 印刷により製作したFHEセンサの写真(資料は、時任研のご提供による) 

 

 

 伸縮性のプラスチック基板上に配線やアンテナをスクリーン印刷で積層する。

 

 

 

3. ヘルスケアセンサ

 

 印刷で作成可能なセンサには、いろいろな種類があるが、今月は我々の健康に関係するヘルスケアセンサを紹介する。

 

 

1.日常の健康管理にウエアラブルヘルスケアセンサ

 

 少子高齢化社会となったが、いつまでも健康で活躍できるためには、常に健康状態を管理することが重要である。

 また、医療保険財政のひっ迫も重大な社会問題となっている。

 これらの解決の一助として、各自が日々の生活で健康モニタリングできて健康増進や疾病の早期発見できることが重要である。

 時任研では、ヘルスケアセンサの代表例として、体温、脈拍の測定のため、体に張り付けられるウエアラブルセンサを開発した。

 温度センサは、PEDOT/PSS(Poly(ethylene dioxythiophene)-Poly(styrene sulfonate))を用いて印刷により抵抗体を作製し、その抵抗値の温度変化を計測する。

 圧力センサは、ピエゾ効果のある強誘電性ポリマPVDF(Poly(Vinylidene difluoride))を印刷し、圧力により発生する電荷量を計測する。

 これらのセンサを絆創膏のように身体に貼り付けることにより、体温や脈拍を日常的に計測し管理できるようにする。

 図4は、腕に張り付けた圧力センサの写真(図4左)と、そのセンサによって得られたピエゾ効果による電圧の変化(図4中)で、動脈の駆動による圧力(push)と、圧力を除いた時の逆方向の電圧(release)が明瞭に観察されている。

 

図4 ウエアラブル脈波センサの写真と、脈波の波形と温度による抵抗値の変化 

 

 

 図4右は、温度による抵抗値の変化で、25~50℃の間はほぼ直線的であり、体温の測定に使用するのに適している。

 

 

2.ベッドセンサへの応用

 

 ウエアラブルセンサと同じPVDFを大面積のシートにして、ベッドの上の人の胸部の下にセンサを敷いた。

 このセンサの信号から、脈拍や呼吸の振動を検出することができた。

 脈拍による振動は極めて微弱なので、これと対照するため被検査者の腕と足に電極をつけて心電図を測定し、センサからの脈拍信号と比較した。

 図5左は、ベッドに敷いたセンサと、被検査者につけた電極の写真である。

 

図5 ベッドに設置されたセンサ(a)と、心電図を測定する写真(b)と、測定された信号(資料は、時任研のご提供による) 

 

 

 図5右は、心電図の信号と、センサからの信号の比較で、0.15秒の時間差があるが、ともに約1秒のパルスで同期しており、センサで脈拍が測定できている。

 

 

3.タンパク質のセンサ

 

 タンパク質検出の可能性を示すため、ストレプトアビジンを延長ゲート電極に修飾した有機トランジスタを作製した。

 図6に示した延長ゲートの電位変化によって、有機トランジスタのソース・ドレイン間の電流の変化を測定する。

 

図6 タンパク質センサの構造(上)と、ソース・ドレイン電流の変化(左下)と閾値電圧(右下)のタンパク質濃度との関係(資料は、時任研のご提供による)

 

 

 このセンサに、検出対象であるビオチン化免疫グロブリンGを添加し、その濃度変化に伴う有機トランジスタのソース・ドレイン電流のシフト及び閾値電圧の変化を測定した(同図)。

 これら値の変化量は、捕捉されたビオチン化タンパク質の電荷に起因すると推測される。

 ウシ血清アルブミンの添加では、顕著な変化は得られなかったことから、ビオチン化タンパク質を選択的に検出できていることがわかった。

 以上により、当該デバイスはタンパク質検出のバイオセンサとしての可能性を示すことができた。

 

 

4.汗中のグルコースの検出

 

 糖尿病やその一歩手前の高血糖の人は、血液中のブドウ糖(グルコース)が多い。

 そのため血液中のグルコースの値を計り、管理することがきわめて重要である。

 一方で最近の研究では、血液中と汗の中のグルコース濃度の相関性が示唆されている。

 そのため血液を採取しなくても汗中のグルコースから血糖値を推測できる可能性があるため、汗中グルコースセンサの開発に着手した。

 時任研では、これまでグルコースと選択的に反応する酵素を平坦なカーボン電極表面に固定した酵素センサを開発してきた。

 しかし汗成分センサの開発では、日常的に目視できるほどの量は出てこない汗をいかに簡単に採取するかが課題である。

 そこで同研究室では、寒天で被覆した酵素センサを世界で初めて開発し、特別に汗をかかなくても、皮膚に寒天ゲル部を接触させるだけで、汗の成分を寒天ゲルに溶かし込み、その場で検出することに成功した。

 一方で、この方法で採取されるグルコース濃度は1~5μM(時任研での実測値、Mはモラーと呼ばれmol/L(リッター)のこと)ときわめて微量であったので、酵素センサの高感度化が必要であった。

 そこで、多孔質カーボンを用いて電極上に酵素を高感度に固定化することでグルコース信号を増加させることを試みた。

 平坦カーボン電極表面に内孔径150nmの多孔質カーボン分散液を滴下し、固定化した。

 その上に、グルコースと選択的に反応する酵素(FAD依存型グルコースデヒドロゲナーゼ)と、酵素反応を電極電位応答に変換するメディエータ(トルイジンブルー)の混合液を滴下し、孔内部に固定した。

 1μMから1mMのグルコースに対する本グルコース電極の電位応答を評価したところ、これまで用いてきた平坦カーボン電極と比較し、センサが大きく高感度化していた。高血糖の人には朗報である。

 

 

 

4. まとめ

 

 今月は、FHEとバイオセンサ(DNAや乳酸の検査は来月紹介する予定)を紹介したが、時任研ではそれ以外にも多くのセンサが開発されており、印刷技術でも曲面印刷など開発されているので、次号で取り上げる予定である。

 また応用研究の面でも、IoT社会でのヘルスケアセンサ以外の応用として、センサと電子ペーパーを搭載したFHEデバイスを用いて、商品の品質管理を行う物流事業の応用研究を進めている。

 この研究開発により、山形大学時任研究室が、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期「スマート物流サービス」に採択された。

 商流・物流での実証試験を通して、高付加価値物流による社会課題の解決を図り、経済発展への貢献を目指している。

 

 

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